【アーセナルNEWS】セスクが現役引退を表明

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セスクが現役引退を発表

2003年から2011年までアーセナルに在籍しキャプテンも務めたセスク・ファブレガスが現役引退を表明しました。

セスクはバルセロナのカンテラ出身で、2003年に行われたU-17世界選手権(現U-17W杯)にU-17スペイン代表として出場して5ゴールを挙げて得点王に輝くなど活躍しチームの準優勝に貢献して注目を集めます。

大会での活躍を受けて当時のベンゲル監督が獲得に動き、イングランドとスペインの法律の違いなどの隙を突いて移籍金なしで獲得することに成功します(これに関してはその後バルセロナから裁判所に訴えられて敗訴し移籍金を支払っています)。

アーセナル加入後はまだ10代ながら退団したパトリック・ビエラの後任として若くしてチームの舵取りをを任されたほか、2008年からはキャプテンにも就任するなど名実共にアーセナルの象徴として活躍しました。

しかし、2011年夏の移籍市場で古巣のバルセロナからラブコールを受けると移籍を決意し、3,900万ユーロとされる移籍金を残して退団しています。

アーセナルでは通算303試合57ゴール95アシストを記録し、2004-2005シーズンのFAカップ優勝に貢献しています。

 

セスク
「フットボール・シューズを脱ぐ時が来たことをとても悲しく思っている。

バルサで迎えたキャリア初日から、アーセナル、そして再びバルサに戻り、チェルシー、モナコ、そしてコモで過ごした全ての日々を僕は大切に思っている。

W杯やEUROを制覇し、イングランドとスペインそしてヨーロッパで殆ど全てのタイトル獲得に至るこの度は決して忘れることのできないものだ。

チームメイトや監督、コーチ、オーナー、ファン、そして代理人など多くの人々が僕の手助けをしてくれた。

また、両親や姉、妻と子供たちといった家族やみんなからのアドバイスや指導、導きを大切にしたい。あと、僕を打ち負かそうとしてきた対戦相手のお陰で強くなれたので感謝している。

旅の途中では素晴らしい思い出や友人を作ることができたので、もの凄く価値のあるものだったと思っている。

それに、この旅のお陰で三か国語を学び、より思いやりを持てるようになったし賢くなったと思う。100万年経っても経験できないと思っていた様なことも経験することができた。

だけど悲しいことばかりではないんだ。僕は今、白線を超えてコモ1907でBチームとプリマベーラのコーチとして活動を始めようとしている。

僕はこのクラブとプロジェクトに、これ以上ないほど興奮しているんだ。この魅力的なフットボール・チームは初日から僕の心を鷲掴みにしたし、キャリアにおける完ぺきなタイミングで僕の元へやってきたと思っている。だから僕はそれを両手でがっしりと掴むつもりだ。

いろいろと話してきたけど、犠牲と献身性そして喜びに満ち溢れた素晴らしい20年間を終え、美しいゲームに感謝し別れを告げる時がきた。

全てが最高だったよ。

セスク」

 

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来週にもティンバー獲得を完了か

移籍市場の情報に精通するファブリツィオ・ロマーノ氏によると、アーセナルは来週にもオランダ代表DFユリエン・ティンバー(22)の獲得を完了する見込みのようです。

既にアヤックスとの交渉は最終段階に入っていて、より前向きな話し合いが行われているとのこと。現在は支払い条件についてクラブ間で協議を行っているところで、それが合意でき次第メディカル・チェックが行われます。

 

03-04シーズンあたりからアーセナルを見始めた者からすると、セスクがキャプテンだった時期が長かっただけに引退は寂しいです。

インビジブルズのメンバーが全盛期を過ぎたり退団していき世代交代が進む過渡期のなかで、チームを支える活躍を見せてくれました。

ただ、個人としては数字を残していたものの、タイトルに恵まれない現状やトップ4入りで満足しているチームメイト達の意識の低さもあってバルサへの移籍を選択せざるを得ない状況になってしまったのは残念でした。

コーチとして第二の人生をスタートさせるようですが、いつか指導者としてアーセナルに戻って来て欲しいですね。

 

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