【読書感想】カルチョメルカート劇場 ☆☆☆☆

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本書の概要
イタリア全土で話題沸騰のベストセラーが日本上陸!
欧州サッカーNo.1の移籍専門記者が明かす、狂騒曲の舞台裏土壇場の心変わり、嘘、裏金、暗躍する代理人…
わずか数分で天国と地獄を行き来する
極限の人間ドラマ――移籍マーケット=”カルチョメルカート”その舞台の中で生きてきた彼だけが知る
会長、監督、スター選手の真の姿とは?

SKYイタリアのレポーターで欧州の移籍市場に精通するジャンルカ・ディ・マルツィオさんが、「カルチョメルカート(移籍市場)」の裏話をまとめた一冊。

このブログでも年2回の移籍市場のシーズンになると移籍ゴシップ関連の記事ばかりになりますが、それでも掲載しているのはほんの一部で、実際にはもっとたくさんのゴシップで溢れています。

移籍市場関連のニュースは嘘・大袈裟・紛らわしいのフルコンボで、信頼性に乏しいニュースばかりです。そんなゴシップまみれの移籍市場にあって、信頼性の高い情報を発信する移籍専門記者の方がいます。

例えば、The Athleticのデヴィッド・オーンステインさんやイタリア人ジャーナリストのファブリツィオ・ロマーノさんが有名で、このブログにもたびたび情報ソースとして登場しているので常連の方は名前をご存知でしょう。

今やロマーノさんが「Here we go!」とツイートすると、公式発表と同等の情報精度と見做されてファンが盛り上がるほどです。

そして、ジャンルカ・ディ・マルツィオさんも前述のお二人に引けを取らない情報通として知られており、2013年にはグァルディオラがバイエルン・ミュンヘンの監督に就任することをいち早くすっぱ抜いたことで知られています。

これを書いてる時に初めて知ったのですが、ディ・マルツィオさんの父ジャンニさんはかつてナポリなどで監督を務めたほか、ヴェネツィアなどでスポーツ・ディレクターも経験した方だったそうです。

ディ・マルツィオさんは、その父から引き継いだ人脈を武器に移籍情報専門ジャーナリストという分野を確立した、この分野の第一人者と言える人物です。

そのディ・マルツィオさんは移籍専門記者の仕事を次の様に説明しています。

我々記者は、クラブの動きを掴み、ターゲットの名前、そして交渉の成立をスクープするのが仕事だ。彼らクラブのそれは、誰にも邪魔されずにゴールに辿り着く、つまり獲得にこぎ着けること。というわけで、私もまた朝早くから深夜まで携帯電話にかじりつき、日中は彼らが出没しそうなレストランやホテルを回り、新たにやってきそうな外国人選手の名前を立ち聞きできないものか、車寄せで手持ち無沙汰にしている会長の運転手と仲良くなって、決定的な交渉がある時にはその場所をこっそり教えてもらえるような関係を築けないものかと考えている。

移籍市場のたびに報道に一喜一憂し、踊り狂うのが我々アーセナル・ファンの正しい過ごし方(?)ですが、その裏ではディ・マルツィオさんの様な移籍専門記者たちによるの地道な取材が行われているんだなぁと実感させられます。

取材方法は人それぞれかもしれませんが、いかにクラブ内部や代理人(もしくは彼らに限りなく近い人物)とコネクションを築くか=良い情報を得られるか、そしてそれが自身の記者としての評価に直結する世界というのが分かります。

さて、本書の中ではディ・マルツィオさんがカルチョメルカートで取材してきた思い出深いエピソードがたくさん語られています。その中からアーセナルが関係するお話があったのでご紹介します。

 


 

嫌々獲得したジェルビーニョで大儲け

コートジボワール代表WGのジェルビーニョはアーセナル・ファンにとって馴染み深い名前でしょう。現在はトルコのトラブゾンスポルでプレーする彼は、2011年-2013年にかけてアーセナルでプレーしていました。

リーグ・アンのLOSCリールでリーグ優勝と国内カップ戦のダブル達成に大きく貢献し、自身も2010-2011シーズンのリーグ戦では15ゴール10アシストと大暴れしました。

その活躍が当時監督を務めていたベンゲルの目に止まり、アーセナルは移籍金およそ1,060万ポンドでジェルビーニョを獲得します。

しかし、プレミアリーグでは2シーズンで33試合に出場したものの僅か9ゴールしか奪うことができず、期待を裏切る結果となっています。

 

そんな時、リール時代に指導を受けたリュディ・ガルシア監督がASローマの監督に就任する話が浮上します。

2013年の夏にASローマの監督就任が内定したガルシア監督は、契約書にサインする条件としてアーセナルで燻っているジェルビーニョの獲得を要求したそうです。

しかし、当時ローマでスポーツ・ディレクターを務めていたワルテル・サバティーニさんはこの要求に対し、素っ気ない返事でこう答えます。

「獲りたくないな。」

サバティーニさんがジェルビーニョの獲得に難色を示したのには理由があります。

爆発的なスピードによる突破を唯一最大の武器とするこのコートジボワール代表ウィングは、調子が良い日は確かに手がつけられないが、プレーが感覚的に過ぎるし出来不出来のムラが大きく信頼性に欠ける

同氏はこの様にジェルビーニョを評価していたようで、この分析はアーセナル・ファンからしてもその通り!と頷いてしまうものです。

ただ、ジェルビーニョがガルシア監督の下でリールを優勝に導く大活躍をしたのは事実だし、ローマとしてはウィングを一人は補強しなければいけないという事情もある…。

サバティーさんは迷いに迷った挙句、ガルシア監督の要求を受け入れ嫌々ながらジェルビーニョ獲得に動くことを決めます。

そうしてガルシア監督との交渉をまとめた同氏は、その足でアーセナルと交渉すべくロンドンへ向かいます。

 

アーセナルも今でこそエドゥがテクニカル・ディレクターを務め、補強戦略などは彼が担当していますが、当時のアーセナルではベンゲル監督がチームのマネージメントから移籍の交渉、クラブ運営など全てを掌握する全権監督として君臨していました。

そして、サバティーニさんはベンゲル監督との会談するためにロンドン入りし、前日の夜に市内の有名なアルゼンチン・レストランで夕食をとることにします。

そのレストランにはイタリア人が何名も働いていたらしく、彼らはサバティーニさんの存在にすぐ気づいたのだとか。そして、サバティーニさんが食事を終えて一服していると一人のイタリア人シェフが近づいてきてこう言ったそうです。

「ディレットーレ(イタリア語でディレクターのこと)、聞いてください、あなたが何のためにロンドンに来ているかは知りませんが、私は長年アーセナルを応援しています。うちの選手なら誰でも自信を持って推薦できます。たったひとり、ジェルビーニョは例外ですが…」

こう言われたサバティーニさんは、思いもよらぬ相手に核心をつかれたことで黙りこくってしまったのだとか。嫌な予感が的中しそうな気がしたのでしょう。

しかし、翌日にはベンゲル監督との会談が控えています。予定通りアーセナルのトレーニングセンターへ行き会談に挑みます。

最初にサバティーニさんが提示した金額は挑発でもしてるのか?と思われるほど安い金額だったそうです。しかし、これはガルシア監督に『獲得に動いたけどアーセナルと条件面で折り合わなかった』という言い訳をするための提示だったのだとか。

しかし、この提案を聞いたベンゲル監督は立ち上がってポケットから財布を取り出すと机の上に放り投げてこう言います。

「これを足しにするといいですよ、サバティーニ」

 

つまり、獲得資金が足りないなら私が援助しようか?というベンゲルらしい逆挑発を仕掛けてきた訳ですが、サバティーニさんはベンゲル監督がジェルビーニョを売りたがっていると直感したようです。

結果、両者は移籍金700万ユーロという格安の金額でジェルビーニョの移籍で合意に達します。アーセナルが設定していた移籍金は1,100万ポンドだったらしいので、ローマからして見られば大幅な減額に成功した訳ですが、それでもサバティーニさんはこの獲得が正解だったのか確信を持てずにいたそうです。

ですが後年、サバティーニさんはディ・マルツィオさんにこう告白したのだとか。

「間違っていたのは私の方だったよ」

ジェルビーニョは移籍1年目に9ゴール12アシストと大活躍し、加入3年目にガルシア監督が解任されたあとは中国の河北華夏に1,800万ユーロという大金を残して移籍していったのです。

 


 

アーセナル・ファンとしてはジェルビーニョもそうですが、退団後に活躍する選手を幾度となく見ているだけに複雑な気持ちになるエピソードです(苦笑)

ただ、アーセナルも最終的に減額に応じるということは、そもそも1,100万ポンドで買い手が現れるとは最初から思っていたかったのでしょうね。

ちなみにこのサバティーニさんは、2012年の夏に当時サンテティエンヌでプレーしていたピエール=エメリク・オーバメヤンを獲得するため大筋合意に達していたのに、クラブ首脳陣が別のFW獲得に注力するという方針をとったため獲得を諦めたことがあるのだとか。

その後ドルトムントへ移籍したオーバメヤンの活躍は皆さんご存知の通り。当然、サバティーニさんは今も深く後悔しているそうです。

 

この本を読んでいると、移籍市場というのは本当に何が起こるのか分からないし、その中でどう動くかは選手によって様々なんだなと痛感させられます。

契約書にサインまで済ませているのにドタキャンされた話のような昼ドラもびっくりな泥沼劇もあれば、ディ・ナターレやトッティの様に巨額のオファーを受けながらそれを幾度となく断りクラブへ忠誠を誓うケースもある。

もし自分が関係者だったら堪らないなぁと思う反面、エンターテイメントとして楽しんでいる自分もいます。

 

本書の中にはジェルビーニョ以外にもアーセナル関連の話として、インテルへ移籍した際のベルカンプに関する裏話が収録されています。

その他にもファン・バステンやガットゥーゾといった往年の名選手の裏話や、今や名将としてサッカー界の歴史を塗り替えているグァルディオラの現役時代の話、そしてレヴァンドフスキやハーランド、メッシといった現在も活躍しているスーパースターの裏話などが多数収録されています。

単純に読み物としても面白いので、ヨーロッパのサッカーに詳しくない方でも気軽に読めると思います。

 

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